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ふぁんしーと加齢  

何度も言うようだが、ふぁんしーはどんな人間の心にも潜む。

私はファンシーなものは大嫌いという顔をして代官山を闊歩する26歳派遣OLであっても、胸毛の濃さが自慢のイタリアマフィアみたいなオヤジでも、ふぁんしーの呪縛からはまぬがれない。

なぜなら、ふぁんしーはその人間の年齢や体調に強く影響を受けるものだからである。
どんなにふぁんしーを拒絶しても、一生ふぁんしーから逃げて生きることは難しいのだ。

ここにひとつのグラフがある。

old.png


これは脳内のふぁんしー度数「f値」と年齢の相関関係を、我々独自の調査で集計したものである。

生まれたとき、人はふわふわでフリフリのものにくるまれながら育つ。
小学生で可愛らしい文房具に目覚め、中学生でイラストを描きはじめる。
ここまでは人は本能の赴くままにファンシーに囲まれて育つ。

しかし、思春期から大人へ向かう中で多くはファンシーから遠ざかり、ときにはファンシーを嫌悪するようになる。自意識が生まれ、「可愛いだろー」と外からあたえられたものをあえて遠ざけてみたくなる。
そして、完全に誰からも大人として見られ、財力が相応についてくる”25歳前後”で、人はファンシーと最も距離を置くようになる。これを我々の用語では「ふぁんしー反抗期」とよんでいる。

ところが年齢を重ね、子育てなどの人生経験を踏むことにより、押さえこんできたファンシーのリミッターが徐々にはずれてくる。
あんなに馬鹿にしていた絵手紙をちょっと描いてみたくなってきた。
はじめてのおつかいをつい見てしまうようになった。そして必ず泣くようになってきた。
子供に「あたためて食べてね」と置き手紙をするときに、妙なイラストを添えるようになってきた。

これまであなたの中で静かに潜伏していたふぁんしーはここで息を吹き返し、あとは人生が終わるまで増幅し続けていく。
世間の流行りは一時的なもの。ファンシーは普遍的なもの。流行とは無縁の生活になればなるほど、ふぁんしーは増幅する。そして、あなたはふぁんしーとともに死んでいく。

ひとつだけ例をあげたい。

20世紀に活躍した建築家、ル・コルビュジエ。
近代建築の巨匠とよばれた彼は全盛期、直線的で機能性・合理性を重視した建築を多数設計した。

Corbusier2.jpg


しかし、晩年、モダニズム建築の枠を大きくはみ出した自由な造形の建築を作り出す。

Corbusier1.jpg
ロンシャンの礼拝堂(1955)


この建築については「転向」との声もある一方、ポストモダンの走りと評価する向きもある。
しかし、私はこのロンシャンの礼拝堂の丸っこいフォルムをみておもう。

恐らく、かのコルビュジエも、年齢には勝てず、ふぁんしーの餌食になったのではないかと。

*   *   *


ここまでが、年齢とふぁんしーの関係について我々の調査した結果である。
もちろん、これは平均的な事例であり、常時f値の高い人間もいれば、低いままの人もいる。また、出産などによるホルモンバランスの変化で、一時的に急激にf値が高まる人も大勢いる。
だが、基本的にはふぁんしーは心の中にあるものであり、それが表に出るかどうかはその人次第なのだ。

ここで主張したいのは「ふぁんしー症例」の数々をみて決して、嘲笑してはいけないということである。

笑ってもいい。ただ、嘲笑してはいけない。なぜなら、これはあなたの将来かもしれないからだ。
遠い未来の自分の姿を思い、あたたかく笑う。これが正しいスタンスである。

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