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ふぁんしーとは何か  

21世紀日本。世の中にはファンシーやカワイイがあふれている。
どこに行ってもご当地キティはあふれ、ゆるキャラたちはこの世を謳歌している。

しかしそれはプロのつくった商売のためのもの。謂わばビジネスファンシーだ。
ファンシーを好む人たちに向けて、的確なマーケティングのもと放たれた商品にすぎない。

元来、人間は根源的に可愛らしいものを愛するように出来あがっているらしい。
自らの子供を大切に扱うように、愛情を注げるように、本能が可愛いものを愛でさせる。

ファンシーなものが欲しい。ファンシーなものを集めたい。
その気持ちは、ファンシーのプロが作ったファンシーの作品を欲し、集めるだけでは満たされなくなる。

そして無意識に心の内なるファンシーは表出する。
決して垢抜けた形ではなく、むき出しの、心の赴くままのファンシーとして。

そのような無意識に染み出したファンシーのことを、私は「ふぁんしー」と呼ぶ。
平仮名で「ふぁんしー」だ。

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ファンシーとふぁんしーの関係は、アートとアウトサイダーアートの関係にも似る。
確信犯的に作られたアートも素晴らしいが、アート市場などというものも露ほども意識しないアウトサイダーアートのパワーは、ときに人を圧倒する。

衝動としか言いようのない表現欲で、今日もすばらしい作品を生みだす人がいる。

ふぁんしーもまた然りだ。
市井の人が、看板を書くとき、張り紙を作るとき、心の内なるふぁんしーが忍び込む。
その衝動にはあらがえない。その結果、妙なオリジナルキャラが描かれたりする。

一方で、そのようなふぁんしーなものを蛇蝎のごとく忌み嫌う人々もいる。
ふぁんしーから逃れ、ふぁんしーでないものを盲目的に求める層が確実に存在する。

ただ、それとてふぁんしーを意識した結果である。人はだれしもが心の中にふぁんしーを持っている。
それを受け入れるか、あらがうか。見ないふりをするか、向き合うか。
社会生活の中で、意識的に、あるいは無意識にその選択をしている。

このサイトは、ふぁんしーの衝動が具現化した事例を研究するとともに、我々の生まれてから死ぬまでのライフサイクルにおけるふぁんしーとの関わりについて考察することを目的とする。

深遠なるふぁんしーの世界へようこそ。

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